社内セミナーに糸井重里さんがいらっしゃって、1時間ほど話を伺う機会がありました。特にテーマがあっての話ではなく、質問をうけてそれについてあれこれ語ってくれる、という形式でした。
いろんな話が飛び出していたのですが、印象に残った話を一つ。
インターネットによって世の中いろんな部分で便利になったけど、それに簡単に踊らされてはいけないっていう話です。
例えば
- メールによっていろんな連絡が時を問わず取れるようになった
- 今や何でもネットで買えるようになった
だけど、それって本当に良い事なのか、よく考えてみる必要があります。
上に上げた例でも
- メール→会って話をするワクワク感覚はない
- ネットで買い物→買い物する楽しみ。本当に欲しい物は一日中歩き回って探していたのに、そういう熱意はない
とかっていう反面があります。
結局のところネットで便利にはなったというものの、それは「疑似万能感」を与えられているだけで、本質的な満足感を満たされているか?っていうと、そうではないかもしれない。
ただし、ここで極論に走って「じゃ、ネットなんてなくて良いい」って事にしてもいけないはず。便利なのは良い事です。実際、それによって助けられている人も多いはずだし。そうじゃなくて、それによって失っているモノがあるってことを感じておけってことだと思います。
たとえばiPhoneが発売された時の話。暑い中すごい並んでましたけど、それが大変だから「場所取り代行」を頼んだ人と(実際そう言うのがあったかどうか不明)、汗だくになって並んだ人では、iPhoneを手にした時の喜びは絶対並んだ人の方が大きいはず。楽すれば良いとは限らないっていう例ですね。
(iPhoneが欲しかっただけって人は代行を頼めば良いんでしょうね。それは価値観の違いってものです。)
面倒で、大変で、時間もかかることなのに、それをやることに意味がある、ってことがあるんですよね。産みの苦しみが大きかった時ほど、生まれた子供はかわいいみたいな。便利さに目を奪われて、そういう泥臭い喜び・幸せを忘れちゃいけないですね。
ちょっと話は変わるんですが、先日読んだ「心に響くウェブ動画マーケティング」という本に、「ネット上で口コミが起こるコンテンツは大きな熱量を持っている」ということが書いてありました。
YouTubeやニコ動で流行る動画に共通してみられるのは、「素人がとんでもなく完成度の高い動画を作っている」「バカな事をものすごく熱心にやってる」「とてつもなく手間のかかる事をやってる」など、「ひたむきさ」や「熱意」が感じられる。
コンテンツが価値を持つ時代に、本当に価値を持つコンテンツは大きな熱量を持っている。そういうモノに触れたときに感動して、バイラルが起こるんだそうです。
これには実体験を持って賛成できます。
そしてこれはネット上のコンテンツに限った事じゃなくて、実世界も同様で、自分が大切にしているモノ・コトについては手間や暇を惜しんでいる場合じゃなく、本気で取り組んだ結果として得られる満足感があることを忘れちゃいけない、ってことですね。
インターネットは確かに便利ですが、便利だけが良い事じゃないんだよ、っていう警鐘を糸井さんは鳴らしていて、それは日頃からネットにどっぷり浸かりすぎている僕には、とても新鮮でした。
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※この記事は2008年7月29日に投稿したものです。初稿の記事は手違いで消えてしまったたので、若干書き直して再投稿しました。
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