半身で働く、そして本が読める生活を手に入れるために考えていること

なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を読みました。前々から気になっていつつ、なかなか手に取れなかった一冊。

どういう内容なのか予測できず楽しみに読み始めたのですが、読み進めると、読書や教養の位置づけがどう変化してきたかを歴史的に振り返るところから始まるかなり骨太な内容で、大好きなテーマ史的な要素があり楽しく読めました。

読後、最後に出てきた「半身で働く」が気になり、どうしたら実現できるんだろうと考えてみてます。(答えはまったく出ていない)

まず「半身で働く=仕事にかけるリソースを半分にする」ではないと思う。70%ぐらい、週休1~1.5日増えるイメージかな?それでも、これまで全身を傾けて働いてきた状態から、半身で働くと予測できるのは収入が減る。そして、それでは生活ができない。

では半身で働きつつ、生活を成り立たせるには?

  1. 半身でも収入が減らないぐらい成果を出す
  2. 残りの半身で別の収入になる活動をする
  3. 減った収入でもできる生活をする

どれも違うよなぁ。

1の半身でも収入が減らないぐらい成果を出せる人なんて、スーパーマン。そうなれるようにスキルアップしよう!というのは半身で働くのと根本的に違う気がする。

2の残りの半身で別の収入になる活動をするなんて、1つの収入源にたいして半身になってるだけで、結局は全身で働いてる。

3の減った収入でもできる生活は清貧生活をイメージしてしまう。生活レベルを大きく落とすというのは、家族を持っているとかなり難しい。

と考えて、これって個人のパフォーマンスや生活レベルの調整の延長で考えてはダメなんじゃないかと思い始めた。方向性としては、頼りあって成果を出す、集団としてやりくりすることを増やすことなんじゃないか?

今でもコミュニケーション力やチームマネジメント力など、集団での課題解決は重視されているけど、それも個人のスキルなので、それとは違って、もっと社会全体での取り組みのようなこと。

  • 収入(経済資本)が減っても、近隣や知り合い同士での支えあいで生活を維持する
  • 組織として余剰をもって、1人1人の働く時間が減っても生産量が変わらない&組織も維持コストでつぶれない仕組を発明する

ぼんやりとしたイメージすらも持てないけど、なにかそう方向なんじゃないかな?

ちょっと話が大きすぎかなので、個人で出来ることも考えてみると、生活レベルを維持するのに本当に今使っているお金が必要なのかを見直すこと、とかはすぐにでもできると思う。言い方を変えると、幸せな生活ってどういうことなのか、問い直すようなこと。

取り留めなく、締まりもないけど、考えたところまでをつらつらと書き起こしてみた。

本の中で三宅 香帆さんも書いていたけど、「半身で働く」をみんなで考えてみることが、大事だと思うので、このテーマに共感する人が増えて、議論が盛り上がると良いなぁ。

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