■1995年3月 大阪府立千里高等学校 卒業
盲腸で入院中のため、卒業式にでられず・・・。
■1996年4月 同志社大学商学部 入学
1年間の浪人生活ののち、ハレて大学入学。
授業にはちゃんと出たし単位も早めに取り終えましたが、在学中に最もチカラをつかったのは勉強以外でした。「IAESTE」という国際インターンシッププログラムを運営する団体で、プログラムの運営やイベント企画、機関誌を作ったりしてましたのと、英語学習サークルを立ち上げて他大学のサークルと交流したり、とか。
IAESTEは国際的な学生組織の日本委員会で、ボランティアとして4年間活動しました。来日する外国人研修生と交流できたり、海外のイベントに参加できたりと、国際色豊かな経験ができるのが魅力でした。また、組織を維持するための会費集めとか、理事会・総会とか、そういう社会人チックな経験が出来ることも魅力でした。
英語学習サークル(同志社 E-net))は「英語のトレーニングを一緒にやる仲間が欲しいな」と思ってた矢先に、大学生協が外国語コミュニケーション事業の一環で「(そういう)サークル作りませんか?」と呼びかけてたので、一緒に立ち上げました。単に英語のトレーニングができるだけじゃなくて、同じような経緯で立ち上がった他大学のサークルと情報交換や互いのイベントに参加し合って交流があったのが面白いところ。組織を立ち上げてゼロから形を作り上げることができたのも大変でしたが楽しかったです。
■2000年9月 Santa Monica College 入学
大学で専攻した「金融」も面白そうでしたが、銀行や証券会社で定年まで働くこと(学生の時に就職に持ってたイメージはそんな単純なものだったので)にピンと来ず、就職せずに渡米(7月)して2年生大学でGraphic Designを勉強しました。
Webを強く意識してた訳ではなく、(広告宣伝やマーケティングなどのコミュニケーションの中で)コンセプトを視覚化するスキルとしてデザインを勉強したいと思ってました。受けたクラスはスケッチ、色彩、フォントからPhotoshop、Illustrator、QuarkExpress、Dreamweaver、写真、動画編集など。あと日本の専門学校行かなかったのは、英語に興味と必要性を感じてたから、どうせなら留学しよう、と。
渡米中に大統領選挙があったり、911があったり、炭疽菌騒動があったりしましたが、1年半の学生生活と1年のインターンシップ経験を経て、2002年2月に帰国しました。
ちなみにその時住んでいたのは南カリフォルニアのビーチ沿いの街、Santa Monica。とても美しい街です。