受託Web制作のPM・ディレクターが持つ「全体俯瞰力」の価値

受託のWeb制作会社でディレクターやPM(プロジェクトマネージャー)をしていると、ふとこんな思いが頭をよぎることはないでしょうか。

「プロジェクト全体に幅広く目配せするポジションだからこそ、知識やスキルが広く浅くなってしまっていないだろうか? 自分ならではの専門性として胸を張れるものがあるのだろうか?」

デザイナーのように目に見えるアウトプットを作るわけでもなく、エンジニアのようにコードを書くわけでもない。全体を見渡す役割だからこそ、自身のスキルの輪郭が見えにくく、自信を持ちにくい瞬間があるかもしれません。

しかし、受託の現場を離れて事業会社(越境ECのマーケティング)に入ってみて、改めて痛感したことがあります。

受託のPMが大型案件をいくつも経験するなかで身につけていく「小さな変更からでも即座に影響範囲を割り出し、先手を打つ力(全体俯瞰力)]は、実は誰にでもできることではなく、そうした人がいないと立ち行かなくなる現場がたくさんある、ということです。

「ちょっと◯◯したい」の裏に潜むリスク

受託制作の現場では、クライアントの窓口担当者からライトな調子で要望を受けることがよくあります。

  • 「ここ、ちょっと入力項目を増やしたいんですよね」
  • 「◯◯を入れてセキュリティを強化することに決まりました」

要望自体はシンプルで、一見すると「ちょっとした変更」に思えます。しかし、Webサイトリニューアルの現場では、慎重に扱わないと後々大きなトラブルにつながることが多々あります。

例えば、入力画面の項目が増えるということは、データを入力する担当者の作業負荷が増えるということです。担当者への事前共有はもちろん、場合によってはマニュアルの更新も欠かせません。これを怠ると、リリース直後に「画面が変わって更新できない」と現場から質問や苦情が殺到してしまいます。

また、新しく導入するツールの課金体系が「ドメイン単位」だったりすると、別ドメインで運営している別サイトの担当部署でも個別導入が必要になります。全社方針の施策だからと断るわけにもいかず、「その分の追加コストはどの部署が持つのか」という予算の押し付け合いに発展することもあります。

受託のPMは、こうした相談を一番最初に受けるポジションです。

相談を受けた瞬間、「この変更をするなら、あそこの部署とあのシステム、そして現場の運用フローにも影響が出るな」と影響範囲を割り出し、関係各所に先手を打って確認・調整できるかどうか。これでプロジェクトが平和に進むかどうかが決まります。

数々の大型案件を経験するうちに、この「小さな変更でも影響範囲を常に意識する癖」は、PMにとって無意識の感覚になっていきます。と言うか、自分はそう言う感覚が身についていきました。

事業会社のマーケティング現場でも活きる「先回りの視点」

この感覚は、受託のWeb制作だけでなく、事業会社でマーケティング施策を計画・実行する場面でもそのまま生きています。

たとえば、製造や物流部門のオペレーション状況を考慮しないままマーケティング単独で大規模なキャンペーンを打ってしまうと、出荷現場がパンクし、注文は増えたのに配送遅延が頻発してお客様に迷惑をかける危険性があります。

私自身、現在はマーケティング部門でキャンペーンの計画を立てる立場ですが、受託時代に染み付いた「影響範囲を割り出す癖」があるおかげで、他部署への事前確認やスケジュール調整をごく自然に、丁寧に行うことができています。

Webは「組織×技術」が複雑に絡み合う構造物である

なぜこうした事態が頻発するのか。それは、現代のWebサイトやWebサービスが、単なる「情報発信ツール」ではなくなっているからです。

  • 関係する部署・人: システムを開発・保守するエンジニア、日々の実務を回すオペレーション部門、数字を追うマーケティングやセールス、法務、CSなど
  • 関係する技術・仕組み: デザイン、フロントエンド、インフラ、外部連携ツール、日々の業務運用フロー

これらが立体的に絡み合った「ひとつの構造物」だからこそ、表面上は1箇所の小さな変更に見えても、裏側で影響する範囲は想像以上に広くなります。

本来であれば、プロダクト全体の価値設計を担う部門が全体をコントロールできれば理想的です。しかし実際の現場では、各部署がスピード感を持って自らの責任を果たそうと日々意思決定をしています。

  • エンジニアは「システムの安全性や堅牢性、開発の効率性」を最優先に考える
  • 運用部門は「日々のオペレーションの効率」を重視する
  • マーケやセールスは「施策の成果や売上」を追いかける

それぞれが自分の担当領域に真剣に向き合っているからこそ、「この変更が他部署の業務や別システムにどう波及するか」という影響範囲まで視野を広げられないまま、現場単位で話が進んでしまうケースが少なくありません。

経験の浅い若手に限らず、キャリアのある担当者であっても、自分の持ち場に集中していると「見えない影響範囲」に気づくのは非常に難しいのが現実です。

外に出て実感した「PMの視点」の価値

サービスを運営しながら改修を進める現場にいると、時として「なぜ他部署に事前確認しないまま、その変更を進めてしまったのだろう……?」というヒヤリハットに出くわすことがあります。

周囲への影響を想定しないまま進めてしまい、直前になって慌ててアラートを上げて調整に追われる、といったことは決して珍しくありません。

そんなとき、受託PMの経験がある人は自然とブレーキを踏み、先回りの確認ができます。

  • 「これ、更新担当者の運用フローやマニュアルの変更は大丈夫ですか?」
  • 「法務への確認や、別機能の改修スケジュールとバッティングしませんか?」
  • 「セキュリティは担保されますが、表示速度や使い勝手への影響は確認できていますか?」

要望が出たときに「見えない影響範囲」を即座に想像し、トラブルを防ぐために先回りして関係部署と合意を作れる力。これは、他部署や複数システムが絡む大型リニューアルを数多く経験してきたからこそ身につく、確かな強みです。

「広く全体を見る力」という確かな専門性

受託制作のPMやWebディレクターをしていると、「専門スキルがないまま、広く浅く何でも屋をやっているだけではないか」と不安になることもあるかもしれません。

しかし、「複雑なWebの全体像を俯瞰し、小さな変化から影響範囲を察知してトラブルを未然に防ぐ」という力は、決して誰にでもできることではありません。むしろ、そうした目配せができる人がいなければ、多くの現場はスムーズに立ち行かなくなってしまいます。

全体に気を配り、先手を打って物事を進めてきた経験そのものが、ひとつの重要な専門性です。

日々の調整や進行管理の中で培ってきた「全体俯瞰の視点」に、ぜひ自信を持ってほしいと思います。

コメントを残す